需要予測モデルを作っても発注担当者が使わない原因と、定着させる業務設計の進め方

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需要予測モデルやAI予測ツールを導入したものの、発注担当者が従来どおりExcelの発注表と経験則で発注を続けている。SCMやDX推進の現場では、こうした状況は珍しくありません。予測画面は見られていても、最終的な発注量は別の場所で決まっており、導入の効果を社内で説明しにくくなっている場合があります。

この状況では、「予測精度が足りないのではないか」「モデルを改良すれば使われるのではないか」と考えるのが自然です。精度の改善は重要であり、その発想自体は妥当です。ただし、精度の高い予測であっても、発注量に変換され、担当者に確認され、発注業務の中で記録される流れがなければ、担当者が予測を使う理由は生まれにくい点は見落とされやすいところです。

最初に決めたいのは「どのモデルにするか」ではなく、「予測を、誰が、いつ、何のために変更し、その結果をどう残すか」です。予測モデルと発注業務のプロセスは別のものです。前者を整えても後者が変わらなければ、現場の運用は変わりません。

本記事では、需要予測が発注現場で使われない典型的な理由と、予測値から発注量への変換ルール、役割分担、修正ログ、評価指標、段階的な定着ステップを整理します。事例は実在の顧客ではなく、よくあるケースを想定した説明用の例として示します。

予測精度だけでは、なぜ現場の定着は決まらないのか

「予測精度」と「予測が使われること」は別の問題です。精度は、予測値が実績にどれだけ近いかを示す性質です。一方、定着は、予測値が発注という意思決定の中で実際に参照され、必要に応じて修正され、その結果が記録されている状態を指します。

ただし、これは「精度は重要ではない」という意味ではありません。予測が大きく外れ続ければ、どれほど運用を整えても担当者の信頼は得られません。精度の改善と業務設計は、どちらか一方を選ぶものではなく、両方が必要です。問題は、片方だけを見て判断してしまうことです。投資対効果を説明できない状況に陥ったとき、まず確認したいのは、精度が足りないのか、予測が発注に届いていないのかを切り分けることです。

想定例:予測は見るが、発注はExcelで行われるケース

以下は実在の企業ではなく、説明のために設定した想定例です。AI需要予測を導入し、予測画面が発注担当者に公開されています。しかし担当者は、画面を参照するだけで、実際の発注は従来のExcel発注表と経験則で行っています。

このとき、担当者がExcelを使い続けているのは、慣れや抵抗感だけが理由とは限りません。担当者側にも、次のような合理的な理由があることが多くあります。

  • 予測値がそのまま発注量にならない(発注単位、最小ロット、安全在庫、リードタイムが反映されていない)
  • 販促や新商品など、担当者だけが知る情報を予測に反映できない
  • 予測の出力タイミングが発注の締めに間に合わない
  • 予測が外れたときの責任の所在が曖昧で、慣れた方法のほうが安全に感じられる

つまり、担当者の経験や判断が問題なのではありません。問題は、その判断の根拠が記録も共有もされず、予測の改善に活かされないことにあります。

二重運用が生む問題

AI予測とExcel発注が並走する状態が続くと、次のような問題が重なります。

  • 作業負荷の増加:予測の確認とExcelでの発注量決定の両方が必要になる
  • 検証の不能:予測が使われたかどうかが分からず、効果を測れない
  • 改善の手がかりの欠如:修正の理由が残らず、モデルや変換ルールの見直し材料がない
  • 投資対効果の説明困難:導入の成果を発注実績と結び付けて示せない

二重運用そのものが悪いわけではありません。導入初期に並行運用期間を設けるのは自然な進め方です。問題になるのは、期間やルールを決めないまま二重運用が常態化し、記録も残らない状態です。

使われない原因と対策の対応表

使われない原因現場で起きていること設計上の対策
変換ルールがない予測値を発注単位やロットに合わせて手作業で直している発注単位、最小ロット、安全在庫、リードタイムを含む変換ルールを定義する
担当者の持つ情報を反映できない販促や新商品の情報をExcel上で個別に補正している理由区分を決め、修正を前提に記録できる入力経路を用意する
出力が締めに間に合わない予測を待たずに前日の情報で発注量を決めている発注の締めから逆算して出力時刻と更新頻度を決める
責任の所在が曖昧予測が外れたときの扱いが不明で、慣れた方法が選ばれる修正権限と最終責任者を合意し、修正を個人評価に直結させない
評価の仕組みがない使われたか、効果があったかを検証できない予測採用率、修正の効果、業務成果を定期的に確認する

まず試せる確認作業として、直近の発注のうち件数の多い品目を数件選び、「AI予測値」「実際の発注量」「修正した理由」の3項目だけを並べてみてください。完璧な記録を整えてから始める必要はありません。理由が空欄の行が多ければ、修正の根拠が残っていないことが分かります。

予測を発注業務に組み込む:誰が・いつ・何を変更するか

予測を定着させるには、予測システムの外側にある発注業務のフローを設計する必要があります。流れとしては、予測出力、発注推奨量への変換、担当者確認、修正と理由記録、発注確定、定期的な振り返りの順に、各段階の担当と時刻を決めます。

状態A

分断されている

予測システム側予測値の出力、画面での参照

変換ルール・修正記録・振り返りがない

発注業務側Excelの発注表と経験則で発注量を決定し、発注を確定

状態B

発注業務の中でつながっている

  1. 予測出力発注の締めに間に合う時刻に出す
  2. 発注推奨量への変換発注単位・最小ロット・在庫を反映する
  3. 担当者による確認推奨量を前提に、例外の有無を見る
  4. 修正と理由の記録修正前後の値と理由区分を残す
  5. 発注確定確定した発注量を記録に残す
  6. 定期的な振り返り修正ログと業務成果を見て見直す

概念図であり、特定の業務フローを一律に推奨するものではありません。品目特性や発注方式に応じて調整が必要です。

予測値から発注量への変換ルール

予測値は「需要の見込み」であり、「発注量」ではありません。両者のあいだには変換が必要です。一般的な考え方としては、リードタイム期間の予測需要に安全在庫を加え、有効在庫(現在庫と発注残)を差し引き、発注単位や最小ロットに丸めて推奨発注量とします。実際の式は、定期発注か定量発注かといった発注方式、品目の特性、供給側の制約によって異なります。

重要なのは、この変換を担当者の頭の中やExcelの個別セルに任せず、ルールとして書き出すことです。変換ルールが共有されると、担当者は「予測を自分の手で発注量に直す作業」から解放され、確認と例外判断に時間を使えるようになります。

役割分担の考え方

次に、各役割が何を判断し、修正し、記録し、見直すのかを決めます。以下は一例であり、組織の体制によって調整が必要です。

役割予測確認修正判断修正記録モデル見直しKPI評価
発注担当者主担当(毎回の確認)定めた条件の範囲で主担当主担当気づきの共有参照
発注責任者例外の確認条件を超える修正の承認記録の点検見直し要否の判断に参加業務成果の評価
データ担当出力品質の確認判断材料の提供集計と可視化主担当精度指標の算出
DX部門運用の支援ルール整備(個別の判断は行わない)入力方法の整備優先度の調整全体の取りまとめ、投資対効果の説明

修正してよい条件と修正ログ

修正を禁止する必要はありません。むしろ、販促や新商品のように担当者だけが知る情報がある場合、修正は合理的です。ただし、「どのような条件なら修正してよいか」と「修正したら何を残すか」を先に決めておく必要があります。修正条件の例としては、予測に入っていない販促・新商品の情報がある場合、在庫状況が通常と大きく異なる場合、供給側に制約がある場合などが挙げられます。一定以上の乖離が出る修正は責任者の承認を必要とする、といった線引きも考えられますが、閾値は業務に応じて決めてください。

記録項目内容の例残す目的
品目・対象週品目コード、発注対象の週どの発注の修正かを特定する
修正前の値変換ルールで算出した推奨発注量修正の幅を把握する
修正後の値確定した発注量実績との比較に使う
理由区分販促予定、新商品、欠品懸念、在庫過多、その他など理由別に修正の効果を集計する
修正者・日時担当者名(または担当者ID)、入力日時責任追及ではなく、確認や相談の窓口にする
補足メモ(任意)判断の背景の自由記述区分に収まらない情報を残す

予測値から発注量への変換ルールや修正権限の設計は、品目特性や組織体制によって適した形が異なります。

担当者の修正は予測を改善しているのか

修正ログがたまると、「担当者の修正は、修正前の予測よりも実績に近づいたのか」を検証できます。一般にForecast Value Added(予測付加価値)と呼ばれる考え方で、予測の各工程や人手の介入が、誤差を減らしたのか増やしたのかを比較するものです。比較の基準には、AI予測値のほかに、前年同週の実績のような単純な基準を置く場合もあります。

この検証は、担当者の修正を否定するためのものではありません。「販促予定による修正は改善につながりやすい」「経験則だけの修正は改善と悪化が混在している」といった傾向が分かれば、修正してよい条件の見直しや、モデルへの情報追加の判断材料になります。

ただし、短期間や少数品目での検証では、偶然の影響が大きくなります。数週間分のデータだけで「この理由の修正は有効だ」と断定することは避け、期間と品目数を増やしながら傾向を確認してください。

簡易なPythonで修正ログを検証する

以下は、運用状況の可視化と検証に限定した簡易なコード例です。モデル構築は含みません。データは説明用の架空の疑似データであり、実在の品目や実績ではありません。また、簡略化のため「担当者発注量」を需要の見込み量として扱い、実績販売数と直接比較しています。実際の発注量には安全在庫やロット丸めが含まれるため、需要の見込みに戻した値同士で比較する必要があります。

import pandas as pd

# 説明用の架空データ(実在の品目・実績ではありません)
df = pd.DataFrame({
    "品目": ["A001", "A001", "B014", "B014", "C203"],
    "週": ["第1週", "第2週", "第1週", "第2週", "第1週"],
    "AI予測値": [120, 110, 40, 45, 300],
    "担当者発注量": [150, 110, 60, 70, 280],
    "実績販売数": [128, 105, 58, 47, 295],
    "修正理由": ["経験則", "修正なし", "販促予定", "欠品懸念", "在庫過多"],
})

# 乖離率:AI予測値に対して担当者がどれだけ動かしたか
df["乖離率"] = (df["担当者発注量"] - df["AI予測値"]) / df["AI予測値"]

# 予測採用率:乖離率が閾値以内の割合(閾値は例示。業務に応じて決める)
THRESHOLD = 0.05
df["予測採用"] = df["乖離率"].abs() <= THRESHOLD
print(f"予測採用率(乖離率が±{THRESHOLD:.0%}以内): {df['予測採用'].mean():.0%}")

# AI予測と、担当者修正後の値それぞれの実績との誤差
df["AI誤差"] = (df["実績販売数"] - df["AI予測値"]).abs()
df["修正後誤差"] = (df["実績販売数"] - df["担当者発注量"]).abs()

# 修正が入った行だけを対象に、修正で誤差が減ったかを判定
modified = df[df["担当者発注量"] != df["AI予測値"]].copy()
modified["改善"] = modified["修正後誤差"] < modified["AI誤差"]

def summarize(group_key):
    return modified.groupby(group_key)["改善"].agg(
        改善件数="sum", 修正件数="count", 改善割合="mean"
    )

print(summarize("品目"))
print(summarize("修正理由"))
Python

結果の読み方

この5行の疑似データでは、乖離率が±5%以内の行は1行のみで、予測採用率は20%となります。修正が入った4行のうち、修正後のほうが実績に近かったのは「販促予定」の1行で、「経験則」「欠品懸念」「在庫過多」の各1行は修正前のAI予測のほうが近い結果になります。

ただし、各理由区分が1件ずつしかなく、この結果から傾向を断定することはできません。実際の確認では、理由区分ごとに十分な件数を集めたうえで、「どの理由の修正が改善につながりやすいか」を見るのが基本的な観点です。また、改善しなかった修正が必ずしも誤りとは限らず、欠品を避けるためにあえて多めに発注する判断も合理的でありえます。実績との誤差だけで判断せず、欠品や在庫の状況と合わせて読んでください。

コードを使わない場合:Excelでの考え方

同じ集計はExcelでも行えます。列は、品目、週、AI予測値、担当者発注量、実績販売数、修正理由の6列を基本とし、次の列を追加します。

  • 乖離率:(担当者発注量 − AI予測値)÷ AI予測値。予測からどれだけ動かしたかを表す
  • 予測採用:乖離率の絶対値が閾値以内なら1、それ以外は0。平均すると採用率の目安になる
  • AI誤差と修正後誤差:それぞれ実績との差の絶対値
  • 改善:修正が入った行のうち、修正後誤差がAI誤差より小さければ1。ピボットテーブルで修正理由別に改善件数と修正件数を集計する

精度指標と業務成果の両面で評価する

定着の評価は、予測の指標と業務の指標の両方で行います。予測の指標としては、平均絶対誤差やMAPE(平均絶対パーセント誤差:誤差を実績に対する割合で表した指標)、過大・過小のどちらに偏っているかを示すバイアスなどがあります。業務の指標としては、欠品、在庫、廃棄、発注にかかる作業時間などが挙げられます。加えて、予測採用率のように「予測が使われているか」を見る運用指標も有効です。

注意点として、MAPEは実績が小さい品目では少しの誤差でも大きな値になり、不安定になります。実績がゼロの週は計算できません。需要規模や品目特性で層別して見るか、誤差の絶対値を併用するなどの工夫が必要です。精度が上がっても欠品が減らない場合は、変換ルールや安全在庫の設定に課題がある可能性があります。

二重運用から定着までの4ステップ

二重運用の解消は、一度に切り替えるのではなく、段階的に進めます。

1

現状の可視化

やること

発注手順、使用するExcel、参照する情報、締め時刻を書き出す

残すもの

判断根拠の一覧

2

並行運用のルール化

やること

期間、対象品目、修正してよい条件、記録項目を決める

残すもの

修正ログ

3

例外管理型への移行

やること

通常は推奨量を確認し、例外条件の品目に人の判断を集中させる

残すもの

例外条件と判断の記録

4

定期的な振り返り

やること

修正ログと業務成果を見て、変換ルール・例外条件・モデルを見直す

残すもの

見直しの履歴

概念図であり、各段階の期間や品目数を示すものではありません。自社の状況に合わせて調整してください。

手順1では、まず現状を責めずに書き出します。担当者がどの情報を見て、どのように発注量を決めているかが分かれば、変換ルールに入れるべき項目や、予測に足りない情報が見えてきます。手順2では、並行運用の期間と対象品目を絞り、無期限の二重運用にしないことが大切です。手順3では、すべての品目を人が見るのではなく、例外条件に当てはまる品目に判断を集中させます。手順4では、修正ログと業務成果を定期的に見直し、ルールとモデルの両方を更新します。

例外と限界:この進め方が当てはまりにくい場合

すべての品目を予測ベースの運用に移す必要はありません。新商品や販促の影響が支配的な品目、需要が極端に不規則な品目、供給側の制約が発注量を決める品目では、予測を参照にとどめ、人の判断を中心にするほうが合理的な場合があります。

そのため、「定着させる」とは、全品目を自動化することではなく、品目ごとに予測をどこまで使うかを決め、その根拠を残すことです。予測を使わない判断も、記録され理由が共有されているなら、設計の一部といえます。なお、前述の修正効果の検証も、件数が少ない品目では傾向が安定しません。対象を絞って進める、条件が整ってから広げる、といった選択肢も検討してください。

定着度を確認するチェックリスト

確認項目確認の観点
変換ルール予測値から発注量への変換が、書き出されたルールになっているか
出力タイミング予測の出力が発注の締めに間に合っているか
修正権限修正してよい条件と、承認が必要な条件が決まっているか
修正ログ修正前後の値、理由区分、修正者、日時が残っているか
評価指標精度の指標と業務成果の指標の両方を見ているか
振り返り定期的にログを見て、ルールやモデルを見直す場があるか

よくある質問

予測精度が低いと定着しないのですか

精度が低い状態が続けば、担当者の信頼は得にくくなります。ただし、精度が高くても変換ルールや記録がなければ定着しにくいため、精度と運用設計の両方を確認する必要があります。どちらが主因かは、修正ログと業務成果を見ると切り分けやすくなります。

担当者の修正は禁止すべきですか

禁止する必要はありません。担当者だけが知る情報による修正には合理性があります。修正してよい条件を決め、理由とともに記録し、効果を検証することで、修正自体が改善の材料になります。

Excelを完全にやめる必要はありますか

必ずしも必要ではありません。Excelを変換や確認の道具として使い続けることもできます。解消したいのは、予測と発注が別々に動き、修正が記録されない状態です。

どの指標で定着を測ればよいですか

予測採用率のような運用指標、誤差などの精度指標、欠品・在庫・廃棄・作業時間などの業務成果を組み合わせます。単独の指標で判断せず、品目の特性に応じて見る指標を選んでください。

まとめ

需要予測が発注現場で使われない背景には、精度だけでなく、予測が発注業務の流れに組み込まれていないという課題がある場合があります。次に確認したいのは、予測値から発注量への変換ルールがあるか、修正してよい条件と記録項目が決まっているか、精度と業務成果の両面で評価しているか、の3点です。完璧に整えてから始めるのではなく、対象品目を絞って修正ログを残すところから始めることもできます。

需要予測を導入したのに現場で使われていない、AI予測とExcel発注の二重運用が続いている、といった課題があれば、RASHINRAで相談できます。予測モデルの見直しだけでなく、予測結果を誰がどのように判断に使うかという業務設計の観点から、定着に向けた進め方を一緒に検討します。何から始めるべきか分からない段階では、KAMUSHIRUBE(技術・DX相談)もご利用いただけます。現場担当者向けのデータ活用研修をご希望の場合は、調査・研修講師の対応も可能です。