値引きは本当に受注につながる?値引率・受注率・粗利の関係を分析【疑似データ事例】

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BtoB営業では、「あと5%値引けば受注できそうだ」「大型案件なので今回は価格を下げよう」といった判断が行われることがあります。値引きは受注の後押しになる可能性がある一方、受注した場合に残る粗利を直接減らします。

そのため、値引き施策を評価するときに受注率だけを見るのは十分ではありません。値引きによって受注機会がどの程度変化するかと、1件受注したときに残る粗利の両方を見る必要があります。

本記事では2,000件の人工BtoB商談を作成し、値引率帯別の受注率、多変量ロジスティック回帰、受注時粗利、期待粗利のシミュレーションを通じて、値引きを営業・経営判断へどう利用できるかを整理します。

記事中の価格、原価、受注率、回帰結果はすべて説明用の人工データです。実在企業やSCI総合研究所株式会社の実績値を示すものではありません。

売上確保のための値引きが利益を圧迫していないか

営業現場では売上や受注件数が主要KPIになることが多く、値引きによって商談を確実に取りに行く判断が行われることがあります。

しかし、100万円を値引いた場合、原価条件が変わらなければ、その100万円は原則として粗利の減少につながります。受注率が少し上がっても、値引き幅が大きければ全体として残る利益は減る可能性があります。

BtoB取引では、同一企業でも取引条件によって価格が大きく異なることや、取引固有の特徴が価格差を説明する重要な要因になることが報告されています(Macedoni and Mattana, 2024)。値引きを一律のルールだけで評価するのではなく、商談条件と合わせて分析することが重要です。

値引きを分析する前に「基準価格」を決める

まず必要なのが、何を基準として値引率を計算するかの統一です。

値引率 =(基準価格 − 提示価格)÷ 基準価格

ここでいう基準価格は、標準価格、初回提示価格、標準見積価格など企業によって異なります。案件ごとに基準が変わると、10%値引きという数値自体の意味がそろいません。

もう一つ重要なのが、受注案件だけでなく失注案件にも値引率を残すことです。受注した案件だけに最終価格が記録されていても、「値引いた案件ほど受注しやすかったのか」は分析できません。

できれば「最終提案時点」など結果確定前の共通タイミングで、受注・失注双方の提示価格を保存します。

受注率だけでなく、利益まで同じデータで確認する
価格条件を統一
基準価格・提示価格・値引率の定義と記録タイミングをそろえる
受注率を確認
値引率帯ごとに受注・失注を集計し、単純な傾向を見る
案件条件を調整
顧客、競合、案件規模等を含む回帰分析で関連を確認する
粗利と合わせる
受注確率と受注時粗利を組み合わせ、シナリオとして比較する

今回のケーススタディ:2,000件の人工商談

今回の人工データには、新規/既存、顧客規模、業界、商品・サービス区分、競合有無、基準価格、想定直接原価、値引率、提示価格、営業期間、受注/失注を含めました。

値引率は0~25%の範囲とし、競合あり、新規顧客、大型案件などでは値引率がやや高くなりやすい構造としています。また、受注結果は値引率だけではなく、顧客属性や競合条件等から確率的に生成しています。

2,000商談全体の人工受注率は63.0%でした。

図1 2,000件の人工商談における値引率分布

まず値引率帯ごとの受注率を見る

図2 値引率帯別の受注率
値引率帯商談数受注率平均受注時粗利額平均受注時粗利率
0~5%32657.1%約465万円40.4%
5~10%66959.6%約422万円36.3%
10~15%68966.9%約376万円32.7%
15~20%25869.0%約332万円27.7%
20%以上5862.1%約299万円22.7%

人工データでは15~20%帯まで受注率は上昇していますが、20%以上では低下しています。一方、受注した場合に残る平均粗利額・粗利率は値引率の上昇とともに低下しています。

ここで「15~20%値引けば受注率が最も高くなる」と判断するのは早計です。20%以上値引いた案件には、競合が強い、大型案件であるなど、そもそも受注難易度が高い条件が多く含まれている可能性があります。

値引率が上がると粗利はどの程度減るか

原価が変わらない場合、値引き額はそのまま粗利の減少につながります。

受注時粗利 = 提示価格 − 想定直接原価

図4 値引率別の受注時平均粗利額

全商談を同じ値引率に変更したシナリオでは、値引率0%なら平均受注時粗利は約549万円、10%では約407万円、20%では約264万円となりました。

受注件数を増やすための値引きであっても、1件あたりに残る利益がどれだけ減るのかを同時に把握しておく必要があります。

ロジスティック回帰で値引率と受注の関係を見る

次に、多変量ロジスティック回帰を使用しました。ロジスティック回帰は、受注/失注のような2値の結果と複数の説明変数との関係を扱う代表的な統計モデルです(Hosmer et al., 2013)。

今回は値引率、値引率の二乗、基準価格、営業期間、新規/既存、顧客規模、業界、商品・サービス、競合有無を使用しています。

値引率の二乗を入れたのは、「値引率を1%から2%へ上げた場合」と「20%から21%へ上げた場合」で受注との関連が同じとは限らないためです。

学習に75%、評価に25%の人工データを使用した結果、評価データのROC-AUCは0.763でした。今回の目的は高精度な受注予測モデルの構築ではなく、値引率と他の商談条件を同時に考慮したシナリオ分析です。

図3 値引率別の平均推定受注確率

他の商談条件をそのままに値引率だけを変えるシナリオでは、平均推定受注確率は値引率0%で約39.7%、5%で52.9%、10%で63.6%、20%で76.9%となりました。

ただし、これは人工データと回帰モデル上の関連です。「10%値引けば受注率が何%上がる」という因果効果を示す結果ではありません。

受注率だけを見て値引きを判断できない理由

図6 値引率別の受注確率指数と受注時粗利指数

値引率を上げると、今回の人工モデルでは受注確率指数が上昇します。一方、受注時粗利指数は一貫して低下します。

この2つを別々に見るだけでは「どちらを優先するか」という議論になります。そこで、両者を同じ単位で比較するために期待粗利を計算します。

期待粗利 = 推定受注確率 × 受注した場合の粗利額

値引率別の期待粗利をシミュレーションする

図5 値引率別の平均期待粗利

今回の人工データでは、値引率0%の平均期待粗利は約202万円/商談、5%では約238万円、9%では約247万円、15%では約232万円、20%では約198万円となりました。

シナリオ上では9%付近で平均期待粗利が最も高くなりました。値引率が低すぎる領域では受注確率が低く、値引率を上げすぎると受注確率の上昇以上に粗利減少が大きくなるためです。

9%付近でも「最適値引率」とは限らない

ここで最も注意したいのが、図5の頂点を「この会社の最適値引率は9%」と解釈しないことです。

過去商談には営業担当者による案件選別、顧客の価格交渉力、競合状況、予算制約など、モデルに記録されていない要因も含まれています。BtoB営業交渉では価格以外にも複数の交渉事項があり、それらが交渉結果や経済成果に関係することも報告されています(Geiger and Hüffmeier, 2020)。

したがって、今回の9%は人工データと今回の回帰モデルを前提として複数シナリオを比較したときの一つの基準点です。値引きの因果効果を検証するには、価格施策の実験や適切な因果推論設計など追加検証が必要です。

新規・既存顧客で結果が異なる

図7 新規・既存顧客別の値引率と平均期待粗利

人工データでは、新規顧客の期待粗利が最も高くなるシナリオは12.5%付近、既存顧客では7%付近となりました。

これも「新規顧客には12.5%値引くべき」という意味ではありません。顧客区分によって受注しやすさ、案件単価、競合状況などが異なるため、全社平均だけで価格判断を行うのではなく、顧客・案件属性まで分けて見る必要があることを示す例です。

値引き承認ルールへどう戻すか

表1 値引き分析に必要な主なデータ

分類主な項目
価格基準価格、提示価格、値引率
原価想定直接原価
結果受注/失注
顧客新規/既存、業界、規模
商談商談金額、競合有無、営業期間
商品商品・サービス区分

CRMや見積管理データに、商談ID、提示価格、基準価格、受注/失注、想定原価が残っていれば、値引率帯別の受注率や粗利を整理するところから分析を始められます。

例えば「10%以上の値引き案件は承認必須」といった一律ルールを先に作るのではなく、顧客区分・商品・商談規模ごとに値引率、受注率、粗利がどう分布しているか確認します。

分析結果確認すること
値引率を上げても受注率差が小さい価格以外の失注要因
高値引率でも受注率が低い案件選別、競合条件
特定顧客群のみ値引きが大きい顧客別価格ルール
大型案件で値引きが常態化承認基準、標準価格
値引きで期待粗利が低下価格以外の受注施策

まとめ

値引きを評価するときは、「値引率が高い案件ほど受注率が高いか」だけでは不十分です。

今回の2,000件の人工商談では、値引率帯が上がるにつれて受注率は一定程度上昇しましたが、受注した場合の粗利は低下しました。多変量ロジスティック回帰によるシナリオでは、値引率9%付近で平均期待粗利が高くなりましたが、これは人工データとモデル上の比較結果であり、実務上の最適値引率ではありません。

まず基準価格、提示価格、受注/失注、想定原価を商談IDで結び、値引率帯別の受注率と粗利を確認します。その上で、顧客属性、案件規模、競合等を加え、値引きが大きくても利益につながっていない領域や、追加レビューが必要な案件を整理する方が実務的です。

SCI総合研究所株式会社のRASHINRAでは、商談・顧客・価格・売上・原価等のデータを整理し、営業施策や収益構造を経営判断に利用できる形へつなげます。

値引きが常態化している、受注率は把握しているが粗利との関係が分からない、CRMの商談履歴を価格判断へ活用したいといった場合は、既存データからどこまで分析可能か整理するところから始められます。

参考文献

  • Macedoni, L. and Mattana, E. 2024. Pricing in firm-to-firm trade: evidence from a Danish multinational. Review of World Economics. Vol. 160. pp. 311-375. https://doi.org/10.1007/s10290-023-00506-4
  • Geiger, I. and Hüffmeier, J. 2020. “The more, the merrier” or “less is more”? How the number of issues addressed in B2B sales negotiations affects dyadic and seller economic outcomes. Industrial Marketing Management. Vol. 87. pp. 90-105. https://doi.org/10.1016/j.indmarman.2020.02.013
  • Hosmer, D. W., Lemeshow, S. and Sturdivant, R. X. 2013. Applied Logistic Regression. Wiley. 3rd ed. https://doi.org/10.1002/9781118548387
  • Li, Z., Yada, K. and Zennyo, Y. 2021. Duration of price promotion and product profit: An in-depth study based on point-of-sale data. Journal of Retailing and Consumer Services. Vol. 58. Article 102277. https://doi.org/10.1016/j.jretconser.2020.102277