設備保全では、温度センサーの値が一定の上限を超えたときに警報を出す監視方法が広く使われています。例えば「70℃以上になったら確認する」といった固定上限値による監視です。
固定上限値は、安全上の限界やメーカー仕様、品質上の管理値を監視するうえで重要です。一方で、「普段は58℃前後の設備が、数日かけて60℃、62℃、64℃と少しずつ上昇している」といった変化は、上限値に達するまで警報には表れません。
そこで考えたいのが、「何℃になったか」だけではなく、「その設備の通常状態からどの程度離れ始めたか」を確認する方法です。
本記事では、30日間の人工設備温度データを用い、固定上限値、通常状態との差分、EWMA(Exponentially Weighted Moving Average:指数加重移動平均)を順番に確認します。
なお、本記事に示す温度、監視ライン、パラメータ等はすべて説明用の人工条件です。実設備の安全基準や異常判定基準を示すものではありません。
温度上限値を超えてからでは対応が遅いことがある
設備温度を監視するとき、最も分かりやすい方法は絶対値に上限を設定することです。上限を超えれば警報を出すため、現場担当者にとって判断基準が明確です。
一方、固定上限値だけでは、設備固有の「いつもの状態」から徐々に離れている変化を捉えにくい場合があります。
例えば通常は58℃付近で安定している設備が65℃になった場合、70℃という上限値だけを見れば正常範囲内です。しかし、その設備が長期間58℃前後で動いていたのであれば、7℃の上昇には確認する価値があります。
ここで重要なのは、65℃を故障温度と判断することではありません。「普段とは違うので、負荷や運転条件、設備状態を確認する」という判断につなげることです。
上限値監視と通常状態との差分監視は目的が違う
固定上限値監視と通常状態との差分監視は、どちらか一方を選ぶものではありません。それぞれ確認しているものが異なります。
したがって、固定上限値を廃止してEWMAへ置き換えるのではなく、安全上必要な上限値監視を残しながら、通常状態との差分監視を追加する考え方が基本になります。
今回のケーススタディ:30日間の人工温度データ
今回は、設備温度を1時間ごとに記録している状況を想定し、30日間、720点の人工データを生成しました。
- 通常時の平均温度:約58℃
- 日内変動:約±1.3℃
- ランダムな変動:標準偏差0.35℃
- 1~20日目:通常状態
- 21日目以降:温度が徐々に上昇
- 説明用の固定上限値:70℃
- EWMAの平滑化係数λ:0.2
21日目以降の上昇は、実際の故障現象を再現したものではありません。「設備の通常状態から温度が徐々に離れていった場合、固定上限値監視と差分監視でどのように見え方が変わるか」を説明するための人工的な設定です。

今回のデータでは、基準期間となる1~20日目の温度平均は約58.00℃でした。30日目の平均は約68.16℃、最高温度は約70.21℃となりました。
温度自体は21日目から徐々に上昇していますが、固定上限値70℃に初めて達するのは30日目の21時です。それまでは固定上限値だけを見る限り、警報条件には該当しません。
生の温度データだけでは「いつもの状態」と比較しにくい
設備温度には、日中と夜間の違いや運転周期による変化が含まれることがあります。
今回の人工データにも日内周期を入れているため、同じ設備でも時刻によって温度が約±1.3℃変化します。そのため、単純に58℃という一定値と比較するだけでは、通常の日内変動まで異常として扱う可能性があります。
そこで最初の20日間を基準期間とし、時刻ごとに通常温度の中央値を算出しました。例えば午前10時なら「通常の午前10時」、午後8時なら「通常の午後8時」と比較します。
「いつもの温度」との差を確認する
実測温度から時刻別の通常温度を引くと、「通常状態から何℃離れているか」を確認できます。

1~20日目では差分はおおむね0℃付近に分布しています。一方、21日目以降では時間の経過とともにプラス方向へ離れていきます。
この方法であれば、絶対温度だけを見る場合より、「設備固有の普段の状態からどれだけ変わったか」を直接確認できます。
ただし実設備では、時刻だけではなく外気温、負荷、回転数、運転モードなどによって通常温度が変わる場合があります。その場合は、同じような運転条件同士を比較する必要があります。
EWMAで緩やかな温度上昇を捉える
通常状態との差分を計算しても、1時間ごとの値には測定ノイズや一時的な変動が残ります。そこで、差分が継続的に変化しているかを見るためにEWMAを利用します。
EWMAとは何か
EWMAは、現在の値と、それ以前までのEWMAを組み合わせながら更新する統計量です。過去のデータほど徐々に重みが小さくなるため、一時的な1点の変動よりも、小さな変化が継続している状態を見やすくできます(Roberts, 1959)。
今回のケーススタディではλ=0.2を使用しました。λが小さいほど過去のデータを長く引き継ぎ、値は滑らかになります。一方で変化への反応も緩やかになります。
λ=0.2は説明のために設定した値であり、すべての設備に適した値という意味ではありません。

図3では、1時間ごとの温度差には細かな上下動がありますが、EWMAでは21日目以降の継続的な上昇が滑らかな形で表れています。
今回は基準期間の温度差のばらつきから、EWMAの標準偏差を推定し、3倍した値を説明用の上側監視ラインとしました。算出された上側監視ラインは約0.33℃です。
この0.33℃も実設備で使用できる一般的な警報値ではありません。今回の人工データと基準期間から計算した参考値です。
上限値監視とEWMAの監視タイミングを比較する
今回の人工条件では、EWMAが説明用監視ラインを初めて上回ったのは21日目10時でした。その時点の設備温度は約57.71℃で、固定上限値70℃からは大きく離れています。
一方、固定上限値70℃を初めて超えたのは30日目21時でした。

この結果だけを見ると、EWMAの方が非常に早く状態変化を捉えたように見えます。しかし、これは「EWMAなら約9日前に故障を検知できる」という意味ではありません。
今回の人工データでは、21日目から意図的に継続的な温度上昇を加えています。また、EWMAの監視ラインも基準期間のばらつきから説明用に設定しています。そのため、今回の時点差は人工条件に依存した結果です。
示したいポイントは日数そのものではなく、絶対値の限界監視とは別に、「通常状態からの小さなずれが継続しているか」を監視できるという点です。
EWMAが監視ラインを超えても故障とは限らない
EWMAの監視ライン超過は、故障判定ではありません。
設備温度は、外気温、室温、設備負荷、回転数、運転時間、起動直後か定常運転かといった条件によって変化します。
例えば夏季に周囲温度が5℃高くなれば、設備状態が変わっていなくてもセンサー温度が上昇する可能性があります。負荷が増えた場合も同様です。
したがって、EWMAが通常状態から外れた場合は、「故障した」と判断するのではなく、運転条件や保全履歴を確認する対象として扱います。
製造設備の温度プロファイル監視では、周囲温度など時間変動する共変量を考慮して基準状態を作る研究も行われています(Ding et al., 2024)。
実設備では外気温・負荷・運転状態を考慮する
| 確認項目 | 確認したい内容 |
|---|---|
| 外気温・室温 | 周囲温度の上昇が設備温度へ影響していないか |
| 設備負荷 | 処理量や負荷の増加による正常な温度上昇ではないか |
| 回転数 | 運転速度の違いによって発熱条件が変わっていないか |
| 運転状態 | 起動直後と定常運転を同じ基準で比較していないか |
| センサー位置 | 設置位置や接触状態が変化していないか |
| 保全履歴 | 部品交換、整備、異常発生時期と温度変化を照合できるか |
特に長期間の監視では季節変動も考慮する必要があります。30日間の正常データだけでは、夏季と冬季を含む年間の通常状態を十分表現できない場合があります。
また、温度データは時間的に連続して変化するため、前の時点と現在の値が相関する自己相関を持つ場合があります。管理ラインを厳密に設計する場合は、こうした時系列特性も考慮する必要があります。
固定上限値と差分監視をどう使い分けるか
| 監視方法 | 主に確認するもの | 利用イメージ |
|---|---|---|
| 固定上限値 | 現在の絶対温度 | 安全・仕様上の限界を確認する |
| 通常状態との差 | 設備固有の普段との差 | 状態変化の有無を確認する |
| EWMA | 小さな差が継続しているか | 緩やかな変化を確認対象として抽出する |
固定上限値には、設備を保護するための重要な役割があります。一方、通常状態との差やEWMAは、設備が限界に達する前段階で「普段と違う状態になっていないか」を確認する補助的な監視方法です。
両者を目的別に使い分けることで、安全上必要な監視を維持しながら、蓄積している時系列データを設備状態の把握にも利用できます。
まず1設備・1か月の温度データから確認する
温度データを予兆保全や状態監視へ活用するとき、最初から工場全体の監視方式を変更する必要はありません。
既存の温度ログがある場合は、まず1設備を対象として次の順番で確認できます。
- 温度データの取得周期と保存期間を確認する
- 正常と考えられる期間を確認する
- 時刻・負荷・運転状態ごとの通常温度を整理する
- 現在値と通常状態との差を可視化する
- EWMA等で継続的な変化を確認する
- 保全履歴や現場点検結果と照合する
- 外気温や負荷等の追加情報が必要か判断する
すでに設備温度を継続的に記録している場合は、新しいセンサーやAIシステムを導入する前に、まず過去の正常期間と現在の温度推移を比較し、通常状態との差が継続的に広がっていないか確認する方法があります。
設備状態監視では、統計手法を導入すること自体ではなく、分析結果から「点検する」「監視を続ける」「追加計測する」という次の行動を選べることが重要です。
まとめ
設備温度の固定上限値監視は、安全や仕様上の限界を確認するために重要です。一方、設備固有の通常状態から少しずつ離れている変化は、絶対値だけでは捉えにくい場合があります。
今回の人工例では、最初の20日間から時刻別の通常温度を作り、現在温度との差を算出しました。さらに、その差へEWMAを適用することで、小さく継続する温度上昇を見やすくしました。
ただし、EWMAが監視ラインを超えたことは故障を意味しません。実設備では外気温、設備負荷、回転数、運転状態、センサー位置、保全履歴などを合わせて確認する必要があります。
SCI総合研究所株式会社のMIRASENTでは、「温度センサーはあるが上限値監視しかしていない」「以前より設備温度が高いように感じる」「既存の温度ログから状態変化を確認できるか知りたい」といった段階から相談できます。
既存温度データ、設備条件、取得周期、運転状態、外気温・負荷情報、保全履歴などを確認しながら、現在のデータで確認できること、追加計測が必要なこと、状態監視の進め方を整理します。
参考文献
- Roberts, S. W. 1959. Control Chart Tests Based on Geometric Moving Averages. Technometrics. Vol. 1. Issue 3. pp. 239-250. https://doi.org/10.1080/00401706.1959.10489860
- Ding, N., He, Z. and He, S. 2024. Pointwise profile monitoring considering covariates based on Gaussian process. Computers & Industrial Engineering. Vol. 194. Article 110348. https://doi.org/10.1016/j.cie.2024.110348