工場で予兆保全を検討すると、「どの設備から始めればよいのか」という問題が出てきます。
工場内に数十台、数百台の設備がある場合、すべての設備へセンサーを追加し、AIや異常検知を導入する方法は、費用だけでなくデータ管理や保全運用の負担も大きくなります。
一方、「高額な設備だから」「過去に何度か故障したから」という理由だけでPoC対象を決めても、予兆保全に適しているとは限りません。
予兆保全PoCでは、「予兆を捉えることで保全判断を改善する価値がある設備・故障モードか」を先に確認することが重要です。
本記事では、説明用の架空工場に100設備があるケースを使い、「故障時の影響」「故障モードの検知可能性」「データ取得可能性」という3つの観点から、PoC候補を3設備まで絞る考え方を解説します。100設備、3設備という数字は説明用であり、一般的な適正台数を示すものではありません。
全設備を予兆保全する必要はない
予兆保全は、設備の状態を監視し、故障や劣化に関係する変化を把握して、点検や交換などの保全判断へつなげる考え方です。
状態監視では、振動、温度、電流、音、圧力、設備ログなどが利用される場合があります。しかし、データを取得すればすべての故障を事前に検知できるわけではありません。
また、予兆保全そのものに価値があっても、導入・運用コストを含めて投資する意味があるかは設備や工程によって異なります。状態監視技術についても、工学的な性能と経済的な効果の両面で評価する必要性が指摘されています(Dadfarnia et al., 2025)。
設備ではなく「設備 × 故障モード」で考える
予兆保全の対象を考えるときは、設備名だけで判断しないことが重要です。
例えば「モーターを監視する」と決めても、モーターには軸受の劣化、絶縁に関する異常、負荷条件による過熱など複数の故障・劣化要因が考えられます。それぞれで現れやすい状態変化や必要な計測方法は異なります。
そのため、「モーターAを予兆保全する」ではなく、「モーターAのどの故障モードについて、どの状態変化を捉えたいか」まで具体化します。
これはFMEA(Failure Mode and Effects Analysis:故障モード影響解析)のように、どのような故障が起こり得るか、その故障が設備や工程へどのような影響を与えるかを整理する考え方とも相性があります。
PoC対象を選ぶ3つの判断軸
停止、生産、品質、納期、安全、復旧負担への影響を確認する。
対象故障モードの前に観測可能な状態変化が現れるか確認する。
既存ログやセンサー、追加計測によって必要データを得られるか確認する。
1. 故障したときの影響・損失
まず確認したいのは、「その設備が故障した場合に何が起こるか」です。
- 工程全体が停止するか
- ボトルネック工程に影響するか
- 代替設備や仕掛在庫のバッファがあるか
- 品質不良や廃棄につながるか
- 納期への影響が大きいか
- 緊急修理や復旧作業の負担が大きいか
- 安全・環境面で重要な影響があるか
ここで注意したいのは、設備価格と故障影響は必ずしも同じではないことです。
比較的安価な設備でも、その設備が止まると後工程まで停止するのであれば、保全上の重要性は高くなります。反対に高額設備でも、予備機へ簡単に切り替えられるのであれば、停止影響は限定される場合があります。
2. 故障モードの兆候を捉えられる可能性
次に、その故障の前に観測できる変化があるかを考えます。
例えば回転部の状態変化について、振動や温度に変化が現れる可能性がある場合があります。負荷変化や摩耗が電流、圧力、処理時間等に表れる設備もあります。
一方で、対象としたい故障が突発的で、故障前に観測できる状態変化を設定できない場合には、予兆保全PoCの優先度は下がります。
また、兆候が存在しても、変化に気付いた時点から故障までの時間が短すぎれば、点検・部品手配・交換等の保全行動につなげられない可能性があります。
したがって、「異常を検知できるか」だけでなく、「検知した後に何ができるか」まで確認します。
3. 必要なデータを取得できるか
3つ目は、状態変化を確認するためのデータを取得できるかです。
- 振動・温度・電流・圧力・音等のセンサーデータ
- PLCや設備コントローラのログ
- 運転速度、負荷、品種等の運転条件
- 停止・アラーム履歴
- 点検記録
- 部品交換記録
- 故障・修理履歴
既存データがなければ、すぐに対象外とする必要はありません。必要に応じて後付けセンサーや簡易計測によってデータを取得できる場合があります。
一方、設備へセンサーを取り付けられない、安全上の制約がある、通信環境を確保できないといった場合には、PoCの実現性も含めて検討する必要があります。
100設備から3設備へ絞る架空例
ここでは説明用の架空工場に100設備があるとします。
最初に100設備について詳細なAI分析を行うのではなく、設備台帳と保全担当者への確認から、工程、設備の役割、停止影響、代替設備、過去の故障、主な故障モード、現在の保全方法、取得可能なデータ等を整理します。
工程、役割、停止影響、故障履歴等を整理する。
生産、品質、納期、復旧負担等を整理する。
どの故障・劣化現象を捉えたいか整理する。
既存ログと追加計測の可能性を確認する。
検証する価値と実現可能性のある対象を選ぶ。
この整理の結果、例えば次の3設備が候補になったとします。
| 候補 | 選定理由の例 | PoCで確認したいこと |
|---|---|---|
| 設備A | 停止時の生産影響が大きく、回転部の状態変化を振動・温度等で取得できる可能性がある | 運転条件を考慮して状態変化を把握できるか |
| 設備B | ボトルネック工程で、PLC・電流等の既存ログが蓄積している | 既存ログと劣化・保全履歴の関係を確認できるか |
| 設備C | 停止時の復旧負担が大きく、現場で異音・振動等の変化が認識されている | 後付け計測で再現性のある状態変化を取得できるか |
重要なのは、「上位3設備を点数順に選ぶ」ことではありません。
設備A、B、Cについてそれぞれ対象故障モードとPoCで確認したい仮説が説明できる状態にすることが目的です。
予兆保全PoCに向かない設備・故障モード
候補から外れる設備があることも重要です。
- 停止しても工程への影響が小さく、簡単に代替できる
- 対象故障が突発的で、事前兆候を設定しにくい
- 計測が技術的・安全上困難である
- 異常検知後に取れる保全行動がない
- 状態監視より定期交換の方が運用しやすい
- 故障後に交換しても生産・品質への影響が小さい
このような設備では、予兆保全よりも定期保全、時間基準保全、日常点検、事後保全等が合理的な場合があります。
PoC対象外であることは、保全対象外であることを意味しません。
故障データが少ない場合はどうするか
予兆保全を検討すると、「故障データが少ないのでAIを作れないのではないか」という問題があります。
実際、故障事例が少ない場合には、故障状態を直接学習させる方法には制約があります。一方、それだけでPoC不可能と判断する必要もありません。
正常稼働時のデータを整理し、運転条件ごとの通常状態を把握したうえで、状態変化を監視する方法も検討できます。また、点検記録、部品交換、警報、作業員の所見などが補助情報になる場合もあります。
ただし、「正常データがあれば将来故障を予測できる」という意味ではありません。状態変化を検知できても、それが対象故障の予兆なのか、単なる負荷変化なのかを区別するためには設備・工程側の知見が必要です。
PoC開始前に決めること
対象設備を選んだ後も、すぐにモデル作成から始めるのではなく、PoCの目的を決めます。
- どの設備・故障モードを対象とするか
- どの状態変化を観測したいか
- どのデータを利用・追加取得するか
- どの程度の期間データを取得するか
- 運転条件をどのように記録するか
- 異常検知後にどの保全行動を取るか
- 何が確認できれば次の段階へ進むか
状態監視システムの評価では、アルゴリズム単体のAccuracy等だけでなく、製造システム全体の生産量、品質、設備稼働等との関係を見ることが重要です(Dadfarnia et al., 2024)。
そのためPoCでも、「異常を高精度に分類できた」だけではなく、「点検の優先順位を変えられるか」「交換判断を早められるか」「不要な緊急対応を減らせる可能性があるか」など、保全実務へつながる指標を設定します。
予兆保全PoC対象設備チェックリスト
| 確認項目 | 確認すること |
|---|---|
| 工程影響 | この設備が停止すると生産・品質・納期へ大きな影響があるか |
| 代替性 | 代替設備、仕掛在庫、バッファ等があるか |
| 故障モード | 何の故障・劣化を対象とするか説明できるか |
| 兆候 | 故障前に観測できる状態変化がある可能性はあるか |
| リードタイム | 兆候検知後に点検・交換等を実施する時間があるか |
| 既存データ | センサー、PLC、設備ログ等を利用できるか |
| 運転条件 | 負荷、速度、品種等を記録できるか |
| 保全履歴 | 点検、交換、故障、修理の記録があるか |
| 追加計測 | 不足する場合にセンサーを追加できるか |
| 保全アクション | 異常を検知した後に取れる具体的な行動があるか |
100設備を一度に分析対象にする前に、まず「止まったときの影響が大きい設備」「対象とする故障モードを説明できる設備」「既存データまたは追加計測によって状態変化を確認できそうな設備」の3つの観点から候補を整理すると、PoC対象を絞りやすくなります。
まとめ
予兆保全PoCでは、工場内のすべての設備を一律にAI化する必要はありません。
まず、故障時の生産・品質・納期等への影響を確認します。次に設備単位ではなく対象故障モードを整理し、故障前に観測可能な状態変化があるかを確認します。そのうえで、既存ログやセンサーデータ、追加計測によって必要なデータを取得できるかを見ます。
また、PoC対象から外れた設備についても、定期保全、予防保全、事後保全等の別の方法が適している場合があります。予兆保全の目的は、すべての設備へAIを導入することではなく、保全判断を改善することです。
SCI総合研究所株式会社のMIRASENTでは、最初から多数設備をAI監視することを前提とせず、設備停止等の影響、想定する故障モード、既存の稼働・点検・保全データ、追加計測の可能性を確認し、どの設備・課題から検証する価値があるかを整理します。
「工場内に設備が多くPoC対象を絞れない」「故障データが少なく検証できるか分からない」「どのデータを取得すればよいか判断できない」といった段階から、検証対象と次に確認すべき事項を整理できます。
参考文献
- Dadfarnia, M., Sharp, M. and Herrmann, J. 2025. Comprehensive evaluations of condition monitoring-based technologies in industrial maintenance: A systematic review. Journal of Manufacturing Systems. Vol. 82. DOI: 10.1016/j.jmsy.2025.06.015.
- Dadfarnia, M., Drozdov, S., Sharp, M. and Herrmann, J. 2024. A Simulation-Based Approach to Assess Condition Monitoring-Enabled Maintenance in Manufacturing. 2023 7th International Conference on System Reliability and Safety. pp. 413-422. DOI: 10.1109/ICSRS59833.2023.10381326.
- Dadfarnia, M. and Sharp, M. 2022. Key Elements to Contextualize AI-Driven Condition Monitoring Systems towards Their Risk-Based Evaluation. 2022 5th IEEE International Artificial Intelligence for Industries. pp. 38-41. DOI: 10.1109/AI4I54798.2022.00017.