工場で使用するエアコンプレッサーでは、吐出圧力、消費電力、流量、温度など複数の運転データを取得できる場合があります。一方、実際の設備監視では「圧力が下限値を下回ったら警報」「電力が上限値を超えたら確認」といった、変数ごとの上下限監視が中心になっているケースもあります。
こうした監視は明確な異常を捉えるうえで重要ですが、各値がまだ警報範囲内であっても、設備の運転状態が通常時から徐々に変わっている場合があります。
例えば、同じ程度の圧縮空気流量を供給しているのに、以前より吐出圧力が低く、必要な電力が高くなっている場合です。
本記事では、30日間の人工コンプレッサー運転データを使い、吐出圧力、瞬時電力、流量、吐出温度、吸込温度の関係をPCA(Principal Component Analysis:主成分分析)で整理し、Mahalanobis距離(マハラノビス距離)によって通常運転からのズレを確認します。
なお、本記事で示す圧力、電力、監視ライン等はすべて説明用に生成した人工値です。実設備の正常値、安全基準、警報値を示すものではありません。
圧力・電力の上下限監視だけでは見えない異常がある
コンプレッサーの吐出圧力が大きく低下したり、消費電力が急増したりすれば、単純な上下限監視でも状態変化を捉えられます。
一方、実際の消費電力は圧縮空気の需要量、吐出圧力、吸込条件、制御方式などによって変化します。米国エネルギー省の圧縮空気システム資料でも、吐出圧力の上昇に伴って必要エネルギーが増加することや、需要・圧力・制御をシステムとして考える必要性が示されています。
つまり、「電力が高い」という事実だけでは、異常運転なのか高負荷運転なのかを判断できません。同様に、圧力がやや低い場合も、需要増加や制御条件変更による正常な変動である可能性があります。
そこで、各値を個別に監視するだけでなく、通常運転では複数の変数がどのような関係で動いているかを基準にします。
コンプレッサーでは複数の運転データが連動して変化する
スクリュー空気圧縮機を対象とした実データ研究でも、吸込温度、吐出圧力、吐出温度、圧縮空気流量、瞬時電力をPCAによる多変量監視へ利用した例があります(Kang and Hwang, 2025)。
このように、コンプレッサーでは複数の運転変数が相互に関係しているため、異常検知でも相関関係を考慮する方法が候補になります。
今回のケーススタディ:30日間の人工運転データ
今回は工場用スクリューエアコンプレッサー1台を想定し、30日間、10分間隔で最大4,320点の人工運転データを生成しました。
- 吐出圧力
- 瞬時電力
- 圧縮空気流量
- 吐出温度
- 吸込温度
停止区間は人工データとして残していますが、PCAの正常モデルからは除外しました。停止状態と通常運転を同じ正常状態として扱うと、運転・停止の違いそのものが大きな変動としてモデルへ入ってしまうためです。
1~15日目を正常学習期間、16~20日目を正常検証期間とし、21日目以降は人工的に吐出圧力を少しずつ低下させ、瞬時電力と吐出温度を徐々に上昇させました。流量や吸込温度には通常の負荷・日内変動を残しています。

図1では、21日目以降、流量が大きく変化していない一方で、圧力が低下方向、電力が上昇方向へ徐々に変化しています。ただし個々の値はしばらく通常範囲と重なるように人工データを設定しています。
まず圧力と消費電力を個別に確認する
比較用として、人工的な圧力下限を0.675MPa、電力上限を56kWとしました。これらは設備仕様に基づく値ではなく、単変量監視との違いを説明するためだけの値です。
今回生成した人工データでは、21日目から状態を変化させていますが、圧力が0.675MPaを初めて下回ったのは30日目14時20分、電力が56kWを初めて超えたのは30日目15時40分でした。
したがって、それ以前の期間は「個別の警報値だけを見る限り、大きな異常はない」という状態になります。
圧力と電力の関係を見ると何が分かるか
次に、吐出圧力と瞬時電力を散布図で確認します。

正常学習期間では、負荷によるばらつきはあるものの、圧力と電力の関係に一定の分布が形成されます。一方、21日目以降の人工データは、時間の経過とともに「圧力は低いが電力は高い」方向へ分布が移動します。
このような変化は、圧力や電力を別々の閾値で見るよりも、複数変数の関係として見た方が把握しやすくなります。
流量・温度を含めた多変量データとして考える
実際のコンプレッサーでは、圧力と電力だけを見れば十分とは限りません。空気需要が多ければ流量と電力は増えます。吸込温度が変われば圧縮条件も変化します。吐出温度も負荷や冷却状態等の影響を受けます。
そこで今回の分析では、吐出圧力、瞬時電力、流量、吐出温度、吸込温度の5変数をまとめて扱います。
ただし、MPa、kW、m³/min、℃では単位と数値範囲が異なります。そのままPCAへ入力すると、数値のばらつきが大きい変数の影響を強く受けるため、正常学習期間の平均と標準偏差を用いて標準化しました。
PCAで通常運転の変動パターンを整理する
PCAとは何か
PCAは、相関のある複数の変数を、データの主要な変動方向を表す少数の「主成分」へ変換する方法です。多くのプロセス変数を同時に扱う多変量統計的工程監視で広く利用されています(Kourti and MacGregor, 1995)。
今回の人工データでは、第1主成分の寄与率は約71.4%、第2主成分までの累積寄与率は約87.5%、第3主成分まででは約97.2%となりました。
そこで、累積寄与率95%以上となる最小構成として3主成分を使用しました。95%は今回の説明用ルールであり、すべての設備で使用すべき基準ではありません。

主成分空間へ変換すると、正常学習期間・正常検証期間はおおむね共通する分布を形成する一方、21日目以降は徐々に通常分布の外側へ移動していきます。
Mahalanobis距離で通常状態からのズレを数値化する
次に、PCAの主成分得点空間で正常状態の中心から各観測点までのMahalanobis距離を計算しました。
Mahalanobis距離は、単純な直線距離とは異なり、それぞれの方向のばらつきと変数間の共分散を考慮します。そのため、正常データが大きく広がる方向の変化と、通常ほとんど変化しない方向のズレを同じ尺度で扱わずに済みます。
今回はPCA学習に使用していない16~20日目の正常検証データから、Mahalanobis距離の99パーセンタイルを求め、説明用監視ラインとしました。算出された距離は約3.13です。

今回の人工データでは、21日目直後は正常分布との重なりが残っていますが、22日目には運転点の約12.6%、23日目には約30.9%、24日目には約54.7%が説明用監視ラインを上回りました。
これは「22日目に故障を検知できた」という意味ではありません。21日目から人工的に変数関係を変化させたデータに対し、正常状態から統計的に離れる運転点が増えたことを示しています。
単変量監視と多変量異常検知を比較する

この人工例では、多変量監視ラインを超える運転点が22日目以降徐々に増えた一方、説明用の圧力下限・電力上限は30日目までほとんど反応しませんでした。
ここから分かるのは、「PCAの方が必ず早く異常を検知できる」ということではありません。今回のように個々の数値ではなく、複数変数間の関係が先に変化するケースでは、多変量監視が有効な場合があるということです。
| 監視方法 | 主に見るもの | 利用イメージ |
|---|---|---|
| 圧力下限 | 吐出圧力単独 | 明確な圧力低下を確認する |
| 電力上限 | 瞬時電力単独 | 明確な過大電力を確認する |
| PCA+Mahalanobis距離 | 圧力・電力・流量・温度の関係 | 通常運転構造からの乖離を確認する |
Mahalanobis距離が高くても故障とは限らない
Mahalanobis距離が大きいデータは、「正常モデルから統計的に離れているデータ」であって、「故障データ」ではありません。
例えば生産量の増加、圧力設定変更、台数制御の変更、吸込温度の変化などによっても、正常運転の関係性は変わる可能性があります。
また、PCAは主として線形な関係を表現します。複数の運転モードや強い非線形性を持つ設備では、1つのPCAモデルだけでは十分に状態を表現できない場合があります。
今回の記事では主成分空間でのMahalanobis距離に絞っていますが、PCAによる設備監視では、主成分空間から外れた残差をQ統計量(SPE:Squared Prediction Error)で確認する方法も一般的です(Kang and Hwang, 2025)。
実設備では負荷・制御方式・季節変動を考慮する
| 確認項目 | 確認したい内容 |
|---|---|
| 空気需要 | 流量増加に伴う正常な電力増加ではないか |
| 吐出圧力設定 | 設定圧力や制御帯が変更されていないか |
| 台数制御 | 他コンプレッサーの起動・停止が対象機へ影響していないか |
| ロード・アンロード | 異なる制御状態を同一の正常モデルへ混ぜていないか |
| 吸込温度 | 季節・室温変化によって運転条件が変化していないか |
| フィルター・配管 | 圧力損失増加や閉塞等がないか |
| 圧縮空気漏れ | 需要側の変化によって必要流量が増えていないか |
| 冷却状態 | 吐出温度変化に冷却条件が関係していないか |
| 保全履歴 | 整備・部品交換・設定変更時期とデータを照合できるか |
圧縮空気システムはコンプレッサー単体ではなく、需要、配管の圧力損失、制御、漏れなどを含めて評価する必要があります。圧力を必要以上に高くすると必要動力が増加するため、電力変化を設備異常だけに結び付けないことも重要です。
まず1台の既存ログから確認する
多変量異常検知を検討するとき、最初から工場全体へ高度な監視システムを導入する必要はありません。
- 対象コンプレッサーを1台選ぶ
- 圧力・電力・流量・温度・稼働ログを確認する
- 停止・ロード・アンロード等の運転状態を整理する
- 正常と考えられる期間を確認する
- 各変数を個別に可視化する
- 変数間の相関・関係性を確認する
- PCA等で通常運転構造を整理する
- 正常状態から外れる時間帯を保全履歴・運転条件と照合する
圧力、電力、流量、温度等の設備ログがすでに蓄積されている場合は、新しいセンサーを追加する前に、各変数を個別に見るだけでなく、通常運転時の変数間の関係が変化していないか確認する方法があります。
多変量異常検知の目的は、異常スコアを作ること自体ではなく、「点検する」「運転条件を確認する」「監視を継続する」「追加計測する」といった次の判断につなげることです。
まとめ
コンプレッサーの状態変化は、必ずしも圧力や電力の単独値が警報範囲を超えてから現れるとは限りません。各値が個別には通常範囲内でも、圧力・電力・流量・温度の関係性が普段と異なっている場合があります。
今回の人工例では、正常運転データからPCAモデルを作成し、3つの主成分で約97.2%の変動を表現しました。さらに主成分空間でMahalanobis距離を計算すると、単変量の人工閾値を超える前から、通常状態から離れる運転点が徐々に増える様子を確認できました。
ただし、Mahalanobis距離の増加は故障そのものを意味しません。実設備では負荷、設定圧力、制御方式、季節変動、漏れ、フィルター、冷却状態等を合わせて確認する必要があります。
SCI総合研究所株式会社のMIRASENTでは、「コンプレッサーの電力が以前より高い」「圧力が不安定だが警報値は超えていない」「圧力・電力・流量・温度の既存ログを状態監視へ使えるか確認したい」といった段階から相談できます。
既存の設備ログ、運転条件、設備仕様、保全履歴等を確認しながら、現在のデータでどこまで分析可能か、不足するデータがあるか、状態監視をどのように進めるかを整理します。
参考文献
- Kang, B.-U. and Hwang, D.-K. 2025. Efficiency and Fault Detection of Screw Air Compressors Using Multivariate Analysis and DW-SIM. The International Journal of The Korea Institute of Ecological Architecture and Environment. Vol. 25. No. 5. pp. 81-89. https://doi.org/10.12813/kieae.2025.25.5.081
- Kourti, T. and MacGregor, J. F. 1995. Process analysis, monitoring and diagnosis, using multivariate projection methods. Chemometrics and Intelligent Laboratory Systems. Vol. 28. Issue 1. pp. 3-21. https://doi.org/10.1016/0169-7439(95)80036-9
- U.S. Department of Energy. 2016. Improving Compressed Air System Performance: A Sourcebook for Industry. Third Edition. U.S. Department of Energy. https://www.energy.gov/sites/default/files/2016/03/f30/Improving%20Compressed%20Air%20Sourcebook%20version%203.pdf