設備保全の高度化を検討すると、「AIによる異常検知」「機械学習による予兆保全」といった選択肢が候補に挙がります。複数のセンサーデータから人が気付きにくい変化を捉えられる可能性がある一方、すべての設備で機械学習が必要とは限りません。
設備監視の目的はAIを導入することではなく、設備状態を適切なタイミングで把握し、点検・整備・停止などの保全判断につなげることです。その目的を固定閾値で十分に達成できるのであれば、より複雑な仕組みを追加しても保全上の価値が大きく増えない場合があります。
本記事では、必要な監視性能を満たす最小限の複雑性から考えるという観点から、固定閾値、条件別閾値、トレンド・統計的監視、機械学習をどのように使い分けるか整理します。
設備監視は「AIを使うか」から考えない
状態監視では、まず対象設備、想定する故障、測定する物理量、必要な判断タイミングを整理することが重要です。ISO 17359:2018も、機械の状態監視プログラムを構築するための一般的な手順を対象としており、特定の分析技術だけを前提としていません(ISO, 2018)。
例えば、「軸受の異常をできるだけ早く捉えたい」という目的と、「設備温度が許容範囲を超えたら停止したい」という目的では、必要な監視方法が異なります。
後者のように、設備仕様や運用ルールから判断境界が明確であれば、まず閾値監視を検討できます。一方、正常状態と異常状態の境界が単一の値では表せない場合には、条件別監視や多変量解析などへ段階的に進む方が整理しやすくなります。
温度80℃超で異常になる設備ならAIは必要か
説明用の仮想設備を考えます。通常運転中の設備温度は十分に80℃未満で推移し、設備仕様または社内の運用ルール上、80℃以上になった場合には点検・停止対象になるとします。
ここで使用する80℃は説明用の架空値であり、実際の設備に適用できる安全基準・警報基準ではありません。
この設備で監視したいことが「温度が80℃以上になったことを確実に把握し、決められた対応を開始する」ことであれば、固定閾値は非常に分かりやすい方法です。
- 監視する変数が温度として明確
- 判断境界が事前に決まっている
- 正常時には閾値付近まで上昇しない
- 80℃以上になった場合の点検・停止手順が明確
この条件で機械学習モデルを追加しても、最終的な判断が「80℃を超えたか」で変わらないのであれば、追加されるデータ処理やモデル管理に対して得られる保全価値が限定的な可能性があります。
実際、横河電機の技術報告でも、温度や圧力は上下限を超えることで異常を判断しやすい一方、回転機械の振動などでは単純な閾値だけでは状態判断が難しい場合があると説明されています(Hattori et al., 2020)。
閾値監視で十分な設備の5つの特徴
1.異常条件が工学的・運用上明確
メーカー仕様、設計条件、品質条件、社内ルールなどから警報・停止条件が明確な場合です。上限温度、下限圧力など、判断境界そのものに意味があるケースでは閾値を直接利用できます。
2.少数の変数で状態を判断できる
温度一つ、圧力一つなど、監視対象と異常状態の関係が比較的明確であれば、多数の変数を組み合わせたモデルを作る必要性は低くなります。
3.正常範囲が運転条件で大きく変わらない
負荷、速度、品種、運転モードが変わっても正常範囲が安定していることも重要です。条件によって正常値が大きく動く場合には、単一閾値では誤警報が増える可能性があります。
4.閾値到達時の対応方法が決まっている
アラートを出すだけでは保全にはつながりません。「注意値を超えたら確認する」「警報値を超えたら停止判断を行う」など、判定結果に対する行動が定義されていると、シンプルな監視でも運用しやすくなります。
5.より早い兆候検知による追加価値が限定的
仮にAIで数時間早く変化を把握できたとしても、その時間差によって保全計画、部品手配、停止判断が変わらないのであれば、高度化による実務価値は限定的です。
重要なのは「AIならもっと早く分かるか」だけではなく、早く分かった結果として保全判断を変えられるかです。
固定閾値だけでは判断しにくい設備とは
一方、単一の固定閾値では扱いにくい設備もあります。
- 負荷・速度・品種によって正常範囲が大きく変化する
- 温度、振動、電流など複数変数の関係で状態が変わる
- 故障前兆が単純な上限・下限ではなく、緩やかな変化として現れる
- 正常状態そのものに複数の運転パターンが存在する
- 明確な異常値へ到達する前に保全判断を行う必要がある
例えば、高負荷運転では正常でも温度が高く、低負荷では低い設備の場合、共通閾値を低く設定すると高負荷運転で誤警報が増える可能性があります。逆に高負荷に合わせて閾値を上げると、低負荷時の異常変化を捉えにくくなる場合があります。
このようなケースでも、すぐに機械学習が必要とは限りません。まず運転条件別の閾値やトレンド監視で目的を満たせないか検討します。
閾値とAIの間にも選択肢がある
設備監視を「固定閾値かAIか」の二択にすると、必要以上に複雑な仕組みになりやすくなります。実際には、その間に複数の選択肢があります。
| 監視方法 | 考え方 | 向いている例 |
|---|---|---|
| 固定閾値 | 決められた上限・下限を監視 | 正常範囲と異常境界が明確 |
| 条件別閾値 | 負荷・速度等で基準を変更 | 運転条件ごとに正常範囲が異なる |
| 時間条件・ヒステリシス | 一定時間継続した場合のみ警報、復帰条件を分ける | 瞬間的な揺らぎによる警報を抑えたい |
| トレンド・統計的監視 | 変化率、移動平均、ばらつき等を見る | 徐々に進む変化を捉えたい |
| 機械学習 | 複数変数や複雑な正常状態をモデル化 | 単純な規則では表現しにくい状態を扱う |
監視方法は上の行から下の行へ移るほど「優れている」という意味ではありません。現在の方法で保全上不足している点を確認し、その不足を解消するために必要な複雑性だけを追加する考え方が重要です。
AI異常検知を導入すると増える運用・保守
機械学習を利用する場合、モデルを一度作れば終わりではありません。
- 学習・検証に使用するデータを整理する
- 設備変更やセンサー交換の影響を確認する
- 実運用でモデル出力が想定どおりか監視する
- 新しい品種・運転条件へ対応できるか評価する
- 必要に応じてモデルを更新・再検証する
- どのモデルを使用しているかバージョンを管理する
NISTのAI Risk Management Frameworkでも、AIシステムについて開発・導入だけでなく、運用後の監視や継続的な評価がライフサイクル上の活動として位置付けられています(Tabassi, 2023)。
この運用項目があること自体はAIの欠点ではありません。複雑な設備状態を捉えるために必要な管理です。ただし、固定閾値で同じ保全判断を実現できる設備であれば、その追加負担に見合う価値があるかを確認する必要があります。
閾値監視とAIを併用する考え方
閾値監視とAIも二者択一ではありません。
設備仕様上の温度上限、圧力上限など、安全・設備保護を目的とする明確な基準は従来どおり維持しながら、その手前で現れる振動、電流、温度等の変化を別の方法で監視する構成も考えられます。
例えば、80℃以上を停止判断に使う設備について、機械学習を導入する目的は「80℃かどうかを判定すること」ではなく、「80℃へ到達する前に、保全担当者が対応できる兆候を見つけること」になる可能性があります。
この場合も、早期検知が技術的に可能かだけでなく、その時間差によって点検、部品交換、保全計画などの判断を変えられるかまで確認します。
自社設備に必要な監視方法を判断するチェックリスト
| 観点 | 確認項目 |
|---|---|
| 異常条件 | 故障・異常と関係する物理量が明確か |
| 工学的・運用上の閾値が存在するか | |
| 閾値超過時の対応方法が決まっているか | |
| 正常状態 | 正常範囲は安定しているか |
| 負荷・速度で正常値が大きく変わらないか | |
| 品種・運転モードごとの差を確認したか | |
| 監視目的 | 閾値到達時の検知で保全判断が間に合うか |
| より早く検知することで保全行動が変わるか | |
| 複数変数を組み合わせないと判断できないか | |
| 運用 | モデル構築・検証に利用できるデータがあるか |
| AIモデルを継続的に確認する担当を置けるか | |
| 設備変更時にモデルを再評価できるか | |
| アラート後の現場対応まで決まっているか |
チェック項目の該当数だけでAIの要否を自動的に判定するものではありません。
設備の重要度、故障時の影響、故障モード、運転条件、取得可能なデータ、保全体制などによって適切な方法は異なります。
固定閾値で問題なく保全判断ができている設備では、機械学習を追加すること自体を目的にする必要はありません。まず現在の監視で何を見逃しているのか、誤警報がどの程度あるのか、より早く兆候を捉えることでどのような保全判断が変わるのかを整理します。
まとめ
設備監視では、高度な手法を使うこと自体が目的ではありません。明確な異常境界があり、正常範囲が安定し、少数の変数で保全判断ができる設備では、固定閾値が実務上適した方法になる場合があります。
固定閾値では不足する場合も、すぐに機械学習へ進む必要はありません。条件別閾値、継続時間、ヒステリシス、変化率、トレンド、統計的監視などを組み合わせることで目的を満たせる場合があります。
一方、正常状態が運転条件によって複雑に変化する場合、複数センサーの関係を扱う必要がある場合、明確な異常閾値へ到達する前の兆候に保全価値がある場合には、機械学習を検討する余地があります。
重要なのは、AIか閾値かを先に決めるのではなく、追加される複雑性に対して、追加の保全価値があるかを確認することです。
SCI総合研究所株式会社のMIRASENTでは、「AIによる予兆保全を提案されたが、本当に必要か判断できない」「現在の閾値監視をどこまで高度化すべきか分からない」「固定閾値、条件別監視、統計的監視、機械学習のどこまで必要か整理したい」といった段階から、対象設備、故障モード、取得済みデータ、運転条件、保全方法等を確認しながら監視方法を検討します。
AI・機械学習の導入を前提とせず、既存の閾値監視やトレンド監視で目的を満たせる場合も含めて、設備保全に必要な複雑性を整理します。
参考文献
- International Organization for Standardization. 2018. Condition monitoring and diagnostics of machines — General guidelines. ISO 17359:2018. https://www.iso.org/standard/71194.html
- Hattori, H., Sakagami, M., Ogou, M., and Debun, T. 2020. Easy-to-Use AI-enabled Recorders and PLCs. Yokogawa Technical Report English Edition. Vol. 63. No. 1. pp. 27-32. https://web-material3.yokogawa.com/1/30062/files/rd-te-r06301-006.pdf
- Tabassi, E. 2023. Artificial Intelligence Risk Management Framework (AI RMF 1.0). National Institute of Standards and Technology. NIST AI 100-1. https://doi.org/10.6028/NIST.AI.100-1