設備の予兆保全やデータ分析を始めようとすると、「過去の故障履歴を使いたいが、記録が紙やExcelの自由記述しかない」という問題がよく出てきます。
例えば、保全記録に「異音あり。軸受交換。試運転後異常なし。」とだけ残っている場合です。
このような記録でも、分析に利用できる可能性はあります。ただし、自由記述をそのまま機械学習へ投入すればよいわけではありません。
重要なのは、原文を残しながら、「どの設備で」「いつ」「何が観察され」「何が故障し」「何を実施したのか」を必要な範囲で分離し、設備データやセンサーデータと結び付けられる状態にすることです。
本記事では、紙・Excel・CMMS等に残る保全履歴を、予兆保全や機械学習へ利用できるデータへ整理する方法を解説します。
紙・自由記述の保全履歴でも分析に使える可能性はある
保全作業票やMaintenance Work Orderには、設備の症状、作業内容、交換部品、原因に関する担当者の知識が含まれています。
一方で、こうした記録には略語、表記ゆれ、誤記、担当者固有の表現などが含まれ、そのままではコンピュータで扱いにくいことが知られています。NISTの研究でも、保全作業票に含まれる非構造化テキストを、分析可能な概念へ変換する方法が検討されています(Sexton et al., 2018)。
つまり、「紙だから使えない」「自由記述だから使えない」のではなく、分析目的に必要な情報を取り出せるかがポイントです。
自由記述をそのまま機械学習へ入れない方がよい理由
自由記述には、人間が読むと理解できても、分析上は異なる意味を持つ情報が一つの文章に混在しています。
例えば、「異音あり。軸受交換。」という記録について考えます。
- 「異音あり」:観察された症状
- 「軸受交換」:実施した保全処置
までは記録から確認できます。
しかし、この文章だけから「故障モードは軸受損傷だった」「異音の原因は軸受だった」と確定することはできません。予防的に交換した可能性や、別の原因を疑って交換した可能性もあります。
そのため、保全データでは症状、故障モード、故障原因、保全処置を別の項目として扱うことが重要です。
保全履歴を分析データへ変える6つのステップ
1. 原文を残したままデジタル化する
紙の記録を扱う場合は、まずデジタル化します。ただし、OCR等で読み取った文章だけを正解データとして扱うのではなく、可能であれば元資料と原文情報を保持します。
後から分類ルールを変更した場合や、別の分析目的が生じた場合にも、元の記録へ戻れる状態にしておくためです。
2. 設備IDと対象部位を特定する
保全記録をセンサーデータへ紐付けるには、どの設備の記録なのかを一意に識別する必要があります。
「1号ポンプ」「P-1」「旧ポンプA」など名称が時期や担当者によって変化する場合は、安定した設備IDとの対応表を作ります。
可能であれば、設備だけでなく軸受、モーター、ポンプ等の対象部位も分けます。
3. イベント時刻を整理する
保全履歴では、日時の意味にも注意が必要です。
- 異常を発見した日時
- 故障が発生した日時
- 作業を開始した日時
- 作業を完了した日時
- 記録を入力した日時
は同じとは限りません。
例えば翌日に作業日報を入力している場合、記録作成日時を故障日時としてセンサーデータへ紐付けると、故障前後のデータ範囲がずれる可能性があります。
4. 症状・故障モード・原因・処置を分ける
分析では、次の情報を可能な範囲で分離します。
| 項目 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| 症状 | 現場で観察された状態 | 異音、振動増大、温度上昇 |
| 故障モード | 設備がどのような状態で機能を失ったか | 軸受損傷、漏れ等 |
| 原因 | 故障を生じさせた要因 | 潤滑不足、緩み等 |
| 処置 | 実施した保全作業 | 軸受交換、増締め、清掃 |
過去記録から判断できない項目は、「不明」「未確認」として残します。分からない故障原因を推測して埋めるより、データ品質として不明であることを明示した方が分析上扱いやすくなります。
5. 必要な範囲だけコード化する
自由記述には表記ゆれがあります。
| 原記録の例 | 共通カテゴリ候補 |
|---|---|
| 異音、異常音、音大 | 異音 |
| 軸受、ベアリング、BRG | 軸受 |
| 交換、取替 | 交換 |
ただし、最初から非常に細かい分類体系を作る必要はありません。
例えば「軸受異常」をさらに複数の損傷形態へ細分化しても、過去記録から判別できなければ分類不能が増えるだけです。現在の記録品質と分析目的に合わせて粒度を決めます。
ISO 14224では、対象産業における信頼性・保全データを設備情報、故障情報、保全情報等へ整理する考え方が示されています。ただし同規格は石油・天然ガス・石油化学産業を対象としており、一般製造業へそのまま適用する規格ではありません。分類項目を考える際の参考例として扱うのが適切です。
6. センサーデータと時系列で紐付ける
保全履歴を予兆保全へ利用するには、構造化した保全イベントと設備の時系列データを結び付けます。
例えば6月12日に異音が発見された場合、その前の振動、温度、電流等が数日前・数週間前からどのように変化していたかを確認します。
ここで重要なのは、交換日を機械的に「故障日」と扱わないことです。異常の発見、故障、交換、復旧は別のイベントだからです。
「異音あり。軸受交換。」を構造化するとどうなるか
説明用の架空記録として、次の文章を考えます。
6/12 朝点検 異音あり。軸受交換。試運転後異常なし。
例えば、次のように整理できます。
| 項目 | 架空の構造化例 |
|---|---|
| asset_id | PUMP-003 |
| observed_at | 2026-06-12 朝 |
| symptom | 異音 |
| symptom_code | ABNORMAL_NOISE |
| confirmed_failure_mode | 不明 |
| maintenance_action | 軸受交換 |
| action_code | BEARING_REPLACEMENT |
| post_action_status | 異常なし |
| review_status | 要確認 |
コード名は説明用の架空例です。
ここで重要なのは、confirmed_failure_modeを自動的に「軸受故障」にしていないことです。
「何を交換したか」と「何が故障していたか」は一致する場合もありますが、意味としては分けて保持します。
AI・NLPはどこまで使えるか
自由記述の整理には、NLP(Natural Language Processing:自然言語処理)やAIを利用できる場合があります。
- 「異音」「異常音」等の表記ゆれ候補を抽出する
- 部品名・症状・処置の候補タグを提示する
- 類似する保全記録をまとめる
- 故障モードの分類候補を提示する
といった用途です。
Maintenance Work Orderについては、専門家による手作業分類、テキスト分類、AI支援タグ付けを比較した研究も行われています。自動化・支援によって作業効率を改善できる可能性がある一方、分類品質を確認する仕組みは必要です(Lutz et al., 2023)。
したがって、AIへ全判断を委ねるのではなく、「候補を提示し、人が確認する」「信頼度が低い記録だけレビューする」といった使い方が現実的な場合があります。
教師データ化ではData Leakageに注意する
保全履歴を予兆保全の教師データへ利用する際には、Data Leakage(データリーケージ)にも注意が必要です。
例えば「軸受交換」という情報は、交換後には分かりますが、故障を予測したい時点ではまだ存在しない情報です。
このような故障後・処置後の情報を予測モデルの入力変数へ混ぜると、実運用では使えない情報を使ってモデルを評価することになります。
保全記録は、故障イベントの確定や学習ラベル作成には利用できても、「予測時点で利用可能だった情報」とは分けて管理します。
将来の保全記録はどう変えるべきか
過去データをすべて完全に修正することより、今後の記録品質を少しずつ改善する方が現実的な場合があります。
例えば、自由記述欄を廃止する必要はありません。
設備ID、発見日時、症状、処置、交換部品等の主要項目は選択式・構造化項目として保持し、詳細や現場固有の情報は自由記述として残す方法があります。
これにより、集計・機械学習へ使いやすいデータと、現場担当者の文脈情報を両方残せます。
保全履歴を機械学習へ使えるか確認するチェックリスト
| 確認項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 設備 | 設備を一意に識別できるか |
| 部位 | 故障・保全対象となった部位を特定できるか |
| 時刻 | 異常発見、故障、作業、記録日時を区別できるか |
| 症状 | 異音、振動増大等の観察情報を抽出できるか |
| 故障 | 確定した故障モードと推定・不明を区別できるか |
| 処置 | 交換、調整、増締め等を故障情報と分けられるか |
| 原文 | 元の自由記述を残せるか |
| 表記ゆれ | 同義語・略語を必要範囲で整理できるか |
| 時系列結合 | センサーデータと同じ設備・時間軸で結合できるか |
| レビュー | 分類が不確かな記録を人が確認できるか |
| Data Leakage | 故障後に得た情報を予測時点の入力へ混ぜていないか |
すべての過去記録を一度にデータ化する前に、まず最近の保全記録を少量確認し、「どの設備か」「いつ起きたか」「何が観察されたか」「何を実施したか」を別々に整理できるか確認してみてください。
「異音あり」と「軸受交換」を分けるだけでも、現在の保全履歴をどこまで分析へ利用できそうか見えやすくなります。
まとめ
紙や自由記述で残っている保全履歴でも、分析へ利用できる情報が含まれている場合があります。
重要なのは、自由記述を無理にすべて自動分類することではありません。
原文を残しながら、設備、部位、時刻、症状、故障モード、原因、処置等を分析目的に必要な範囲で構造化し、センサーデータと結び付けます。
その際、「軸受交換」を「軸受故障」と決めつけない、不明な原因を無理に補完しない、記録入力日時と異常発見日時を混同しない、といったデータ品質管理が重要です。
SCI総合研究所株式会社のMIRASENTでは、センサーデータだけでなく、点検記録、故障履歴、部品交換履歴等を確認し、現在の保全記録からどの情報を分析へ利用できるか整理します。
「紙や自由記述の履歴しかない」「故障分類や設備データとの紐付け方が分からない」「予兆保全PoCの教師・検証データとして使えるか判断できない」といった段階から、分析可能性を整理できます。
参考文献
- Sexton, T. B., Brundage, M. P., Hodkiewicz, M. and Smoker, T. 2018. Benchmarking for keyword extraction methodologies in maintenance work orders. 2018 Annual Conference of the Prognostics and Health Management Society. DOI等なし、NIST Publication ID 926042.
- Lutz, M.-A. et al. 2023. KPI Extraction from Maintenance Work Orders—A Comparison of Expert Labeling, Text Classification and AI-Assisted Tagging for Computing Failure Rates of Wind Turbines. Energies. Vol. 16. Issue 24. Article 7937. DOI: 10.3390/en16247937.
- Baptista et al. 2023. Text mining techniques for identifying failure modes. Journal of Quality in Maintenance Engineering. Vol. 29. Issue 3. pp. 666-682. DOI: 10.1108/JQME-02-2020-0012.
- ISO. 2016. ISO 14224:2016 Petroleum, petrochemical and natural gas industries — Collection and exchange of reliability and maintenance data for equipment.